ハラスメントに関する研修をしました

最終更新: 2019年12月10日

新年度が始まり、新しい元号が「令和」に決まりました。今年度もよろしくお願いいたします。



さて、昨年度末のことになりますが、大学でハラスメントに関する研修をさせていただきました。


研修では、代表的なハラスメントであるセクシュアル・ハラスメントとパワーハラスメント、更には大学特有のハラスメントであるアカデミック・ハラスメントの意味や特徴を紹介しました。

その上で、具体的にどのような行為がハラスメントになるのか、ハラスメントに関して加害者や使用者がどのような義務や責任を負うのかなどについて、裁判例も織り交ぜて話をしました。



ハラスメントについては、更なる法整備が予定されているところであり、社会的関心も高いかと思います。


そのような中、特に大学などの現場は、ハラスメントが発生しやすい環境にあるため、教員や職員が過度に萎縮してしまっている現状があるように感じます。


「こんなことしたらハラスメントになるのではないか」

「ハラスメントと言われたらどうしよう」


と。


大学がハラスメントが発生しやすいというのは

構成員(教員、職員、学生)の立場の違いが大きく閉鎖的な組織・人間関係であること

成績を決定する権限を有する教員に対して学生が抗議できず問題が発生しにくいこと

大学の自治に基づく各セクションの相互不干渉ゆえに監督体制が不十分になること

などによります。



確かに、そう思わざるを得ない状況もあるのであろうと思う反面、何か方向性がずれているようにも感じます。


ハラスメントが問題となる場面というのは、「一個人対一個人」のコミュニケーションの場です。

ハラスメントとならないために、一般化、抽象化して予防策や心構えを論ずることはある程度必要であろうと思いますが、それでハラスメントを予防しきることはできないでしょう。

問題となる場面は、あくまで「一個人対一個人」なのであって、一般化、抽象化しきれないからです。


ですので、意識として


相手を個として、その人格、個性を尊重する、敬意を示す


ということなしにハラスメントを予防することはできないと思います。


ハラスメントに対して過度に萎縮する心理の根底には、相手を一般化、抽象化する意識があるように思います。


人は一人ひとり違うのですし、違って当然です。当然、人との関わりも変わって当然です。相手を個として尊重し、敬意を示すことで、よい組織づくりをしていきたいですね。